国道44号
起点 東京府
終点 沖縄県
延長 - km
制定日 明治18年2月24日

改正履歴 なし

全体図 Download : Meiji-R44.trk (トラックファイル)
那覇港から国道390号を望む
明治18年に44路線が制定された中で最後の44番目の国道となったのは東京と沖縄を結ぶ路線であった.

明治国道の特徴としては中央集権的な要素も伴って起点は東京となる他に,各県庁を結ぶことを主眼とされた路線配置となっていた.

また基本的には東京から離れた県庁とをつなぐ場合には,その県庁よりも近い県までを若い番号の国道でつなぎ,それより分岐して単独区間となる重複基本方式を採用している.

国道44号の場合,それよりも番号が若い国道37号の「東京ヨリ鹿兒島縣ニ達スル路線」で鹿児島まで重複し,ここから海上区間を経て那覇港から沖縄県庁までが国道44号の単独区間となっている.

明治の当時,沖縄県県庁は現在の天妃小学校の辺りに位置して,現在の場所とは異なっている.従って,明治時代の国道区間は,現在の那覇港から天妃小学校までを直線的につなぐ道路が,当時の区間に近いものと推定される.


大正・軍事国道特39号でも記したように,現在の那覇市の路面区画は戦時中の沖縄戦によって大きく変貌を遂げた.そのため,1:1に現在の道路が当時の道路とは対応するものではない.

【参考・出典】
やんばる国道物語 やんばる国道変遷誌編集委員会,内閣府沖縄総合事務局北部国道事務所,2005

[2007.04.26作成]