★特別企画★(あの幻がもう一度見たい・・・自転車に乗っていこう!・・・時には引き返すのもダ・イ・ジ)

国道121号線 大峠凾嶺越
《山形側旧道その1》

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国道121号 大峠山形側旧道の略図



山形側旧道も特に指定しない限り、峠方向つまり福島方面を写した画像である。また山形方面を写した場合にはその旨注釈を付けている。また【101】のように数字が書いてある写真があるが、それは画像がおおよそ略図の番号の地点であることを示す。

この区間(山形側分岐〜大猿倉沢橋の先、大峠凾嶺越の石碑)までの区間は、平成12年7月15日に自転車で探訪をした。そのとき記録した画像は大峠凾嶺越の石碑までの物である。おおよそ、1,2分おきに画像を撮っていたので、画像の流れを追っていけば少しは「大峠の雰囲気」を掴んでいただけるのではないかと思う。もちろんあくまで視覚上の雰囲気であり、あたりに漂う匂い、さえずりなどの音、せせらぎ、などはとうてい感じ得るはずがない。

私としては、「ぜひ行って欲しい。五感すべてを尽くして峠を感じて欲しい」。これ以上の願いは無いのだが、それもかなわないことが多い。私だって、行きたいと思ってから行けたのはしばらくしたあとだ。

所詮かみ切れ(ディスプレイ)で、私がいろいろ宣っている文を読んだだけでは、何も感じないかも知れないが・・・・。

正直申し上げてさっさと作ってしまえば良いのだが、1年も放って置いたからうやむやになりかけてる嫌いは否定しない。というより、人間の記憶力ほど頼りにならない物はないというぐらいに感じている。画像は全て大峠区間で撮ったことは確かなのだが、その正確な地点があやふやな画像が何点かあった。地形図と、撮影時分を勘定して「たぶん、ここかな」という乗りで作っている。分岐点や橋の場所などは間違いないが、その他の所では多少ずれている箇所があることをご承知おき願いたい。

ただ、重いだけ。社会資源の浪費と言われればそれまでだが、そのようなご叱責を賜ったとしても、私、やまてつとしてはこのような形にならざるおえないのである。ご了承いただければ幸いである。


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山形側旧道分岐(車のいるところが旧道)
なお、山形方面を写す。山形方面から来た場合に旧道は左に折れる【101】


旧道を分岐した後、そのまま崖に沿って進む。そして新道をくぐる。【102】(山形方面を写す)


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普洞澤橋(山形方面を写す)【102】


昭和13年竣功の銘板。欄干は崩れ欠けている。


八谷工業所を左に分ける分岐点までは旧道も特に支障はない。(山形方面を写す)

八谷鉱業所との分岐点は、R121大峠区間山形側のゲートの少し手前である。ようは、この鉱業所を分岐した後はもう峠まで何もない。あってもなくてもおかしくない道なのだ。ただ、当然送電線の巡視路あるいは林業のために通行が確保されているに過ぎない。

ここから車で進入できて、そしてある程度管理されているのは、大猿倉澤橋まで約5km区間。その橋から大峠隧道に至るまでの山形側の道路は放棄されている。手入れも何もされていない。荒れるに任せる道路が続く。

大猿倉沢橋までもそれなりにハードであるが、行ったところで何もない。ミラー等は無く。また道幅も福島側とうってかわって狭い箇所のほうがはるかに多くなる。


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八谷鉱業所を左に分ける。ここは写真にもあるとおり待避所として道幅が広がっている。私はここに車をデポした。ここもこの先通行止めと看板がうるさい。【103】


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車を止めた箇所には国道標識が立つ。そして道路情報板もある。【103】


大猿倉沢橋から大峠隧道までの通行止めを知らせる看板。立派な看板を作っているが、そして「当分の間」となっているが、おそらく私が生きているうちに開通することはないであろう。

したがって車ではここより5km区間までしか入ることが出来ない。

やはり大峠越えのスケールの大きさを味わうためにはこの通行止め区間がもっとも険しい山岳道路区間なのだ。

そこは災害のためでもなく、ただ放棄されたような荒れ方で自然に還るのを待っている。とても手を付けたような痕は無い。


一般的な道路情報板も立つ。これは、きちんと管理されている。まず期間が11年11月25日〜12年6月15日となっていること。そして「路肩欠損のため」通行止めとなっているが、以前にゴールデンウィークに来たときにはきちんと「積雪のため」になっていたためである。

まぁ、どちらにしろ「通行止め」に変わりはない。


そして上の情報板からすぐのところにはゲート

冬季閉鎖の際はここからバリケードされる。峠頂上と同じコンクリートのブロックがある。【103】


ゲートは横に除けてあった。【103】


なんにせよ、かんにせよ、通行止めなのだ。


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ゲートの先に続く道路。この先に人工物は無し。
大峠区間山形側アプローチの開始である。
狭くもなく広くもないような道路。1.5車線という道路が続く。

もちろんここは、林道では無い。国道である。離合所は思うよりある。


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2,300mも走れば法面がコンクリートで固められている。
そして路肩であるが、復旧されている様子が分かるだろうか。色が違っている場所は道路が落ちていた部分である。


路肩部分を見る。ここが崩落したことが容易に分かる。
ここが復旧されたのはもちろん、大峠道路が開通した後の平成7年災害復旧工事としてである。

この区間。間違いなく現役の国道。


なだらかな傾斜なのであまり恐怖感は無いが、崖下に広がる河原よりは、それなりの高さがある。

復旧工事部分より崖下方向を写す。


工事区間にあった杭。
工事名「7年災471号 国道121号道路災害復旧工事」
工事主体「山形県」


山形側は福島側と違い、アプローチ区間のほとんどを谷沿いに進む。約10kmに渡り高度をゆっくりとそして確実に上げていく。そのため、ヘアピンが渦巻くような区間は少なく、またどちらかといえば、なだらかな勾配で、崖線、谷筋に沿ってうねうねくねくね進むのである。

ヘアピンは2箇所だけ、一気に中腹ぐらいまで高度をかせぐ雄大なものだけである。


福島側より広い箇所ははるかに少ない。離合所というような広い箇所しかないのだ。


街道スジの証。水準点。他にも多数ある。


底沢橋。もちろん現道時代後半に架け替えられた物であろう。【104】


ガードレールにつく銘板。いかにも橋という境がないので、これがなければ何も思わずに通り過ぎてしまう。


最初のうちはカーブの部分で広くなっているところもある。点線が引かれている当たり、いかにも国道である。


この付近は杉木立の中進む。


左カーブ。ただ、幅員はあるが、ミラーは無い。


自転車で20秒も進むと、滝ノ上橋。この橋の上流側には平地、といっても草木に覆われているが、が広がる。【105】


滝ノ上橋の美しい銘板。昭和10年10月?竣功。


山形側によくたっている、落石注意看板。
これ、実は木製。角柱にベニヤ板で出来ている。
所詮は廃道。予算が付かないのであろう。




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2001/07/20 作成